カテゴリー: からだの物語

  • 前に出続ける働き方から、引いて眺める働き方へ

    彼女の手は、よく動きます。
    料理を盛りつける長い指先。
    好みに合わせて注ぐお酒。
    おしぼりを差し出すタイミング。

    目上の人に可愛がられる空気を、若い頃から持っていました。
    押しが強いわけではない。
    野心で登りつめるタイプでもない。

    ただ、場の温度がわかる。
    誰が何を欲しがっているか、
    体でわかるから、頭で考えるより先に、動く。
    そういうタイプです。

    早くから、自分の店を持ちたいと思っていました。
    人の店ではなく、自分の場所で、
    自分の料理と酒で、人をもてなしたかった。

    念願が叶い、カウンターの内側に立ちました。
    お店の名前は、大好きな作家さんの作品にちなんでつけました。
    仕込みから片づけまで。
    働くことは大好き。

    その時間は、
    洒脱なやりとりや
    常連の笑顔で溢れています。

    体は、朝から夜まで動き続けていました。
    心身ともに必死でした。
    でも、それが彼女の居場所でした。

    ある日、気づいてしまいました。
    ──これ、なんか違うのかも。

    その感覚を、見て見ぬ振りしました。
    笑顔でお迎えし、おもてなして。
    いつもどおりに、場を回し続けました。

    気づいてしまったことを、なかったことにする。
    それがいちばんきつかった、と彼女は言います。

    初めてのセッションのことを聞きました。
    「何を言われたか、まったく覚えてないの」
    覚えているのは、体のほうでした。
    涙が止まらなくなって、
    同時に、ゲラゲラ笑っていた。
    何の根拠もないけれど、
    この人と、この感覚は信頼できる。
    体が先に、そう決めていました。

    「水商売こそ天職。これ以外できない」
    それが思い込みだったと気づいたとき、
    彼女は愕然としました。
    人生迷子。

    そこから、セラピストという道を選び直しました。
    毎年のように何かを学び、
    メニューを増やし、
    ひーひー言いながら進んできました。
    慣れることも、止まることもできない。

    でもあるとき、すべてがつながりました。
    心身の病気も、
    近しい人たちの死も、
    家族の問題も、
    お金の苦労も。
    全部が、
    今に集まっている。

    肚に落ちた、と彼女は言います。

    今、彼女はまた次のフェーズへ移ろうとしています。
    もっと広い場所へ。
    人と人とのつながりが見える、
    眺めのいい場所。

    人の人生を、受け止めすぎなくていい。
    前へ前へと、自分が出続けなくてもいい。

    「体感がいい人は、仕上がりにブレがないの」
    その感覚を、伝えていきたい。
    やり方はまだわからないけれど。

    今がいちばん、軽い。
    自分の足で立てている感じがする。

    〈本当の自分に還る〉お手伝いを
    手を替え、品を替え、やり続けられたらいいな。
    本当に今はそれしかないです。

    彼女はそう言って、笑いました。

    自分の核は、何も変わっていない。
    場を読む力も、もてなす力も。
    ただ、人生に合わせて、
    世界が広がっていくだけ。



    ※インタビューから起こし、
    三人称で編集した内容です。

    みんなに日々を楽しんで欲しいし、
    心を燃やして❤️‍🔥
    「今世はやってやったわ!」とほくそ笑んで欲しいの。
    もちろん、わたしも♬

    一連のやり取りの最後に、
    ご本人はこんな言葉で
    締めくくってくれました。

    節目ごとにセッションを受けてくださり、はや10年。
    千葉県佐倉市で、内観の達人コースほか、さまざまなセラピーメニューを展開している
    松岡 紗緒里さんでした。ブログは以下のリンクから。

     

     

  • 心のクリニックを探していました。

    ちょっと鬱なのかと思い、どこかに通ったほうがいいのかと調べていました。
    そのとき見つけたのが、「極端思考」という言葉。
    自分のことだ、と思いました。

    物事を白か黒かで考えてしまう。
    少し失敗すると「全部ダメだ」と感じてしまう。

    ネット上の説明を読んでいるうちに、
    頭の中でいろんな出来事がつながりました。

    これだ、と思いました。

    極端思考を改善するためのクリニックへ行き、
    認知行動療法をすすめられました。

    認知行動療法では、
    日常の出来事を整理します。

    何が起きたのか。
    そのとき、どんな考えが浮かんだのか。
    感情はどう動いたのか。

    そして、その考え方が
    本当に現実に近いのかを見直していきます。

    日常生活でもメモを取りながら、熱心に取り組んでいました。

    すると、友人が言いました。
    「ボディートーク、受けてみたら」

    信念システムにもアプローチできるらしい。
    なるほど、と思いました。

    初回の日のことは、よく覚えています。

    ちょうど今日のような、
    季節外れの雪の日でした。

    風が強く、髪もコートも濡らしながら
    セッションルームへ向かいました。

    タオルを借り、頭を拭きながら、

    クリニックでの治療を、一生懸命に説明しました。

    認知行動療法でやっていること。
    極端思考という言葉。日々のメモ。

    セラピストは、
    うなずきながら聞いていました。

    そして、こう言いました。

    「主語を、戻しましょうか」

    主語?

    正直、何を言っているのか
    よくわかりませんでした。

    「この椅子に座って、坐骨を感じてみてください。ここ。おしりの骨です」

    坐骨?

    変なところに来ちゃったな。
    そう思いました。

    でも、とにかく言われた通りにしてみました。

    「左右に体を揺らしてみましょう。坐骨を、左、右」

    椅子を並べて、セラピストと一緒に、

    ゆらり。ゆらり。
    そのたびに、坐骨も、ごりっ、ごりっと音を立てます。

    何してるんだろう、俺。

    そんなことを思っていました。

    すると彼女が言いました。

    「大丈夫ですよ。揺れの中に、いてください」

    数年経った今も、なぜか、その言葉だけはずっと覚えています。

    ボディートークは、軽く腕をとり、筋反射を見ながらバランスを取るところを見つけていきます。

    誰かの参考になればと思い、そのときのメモを書きます。

    優先は、副鼻腔。
    「呼吸は、ほお骨から坐骨までつながった動きなんですよ」

    太ももの内側を軽く圧迫され、ほお骨も軽く引っ張られた。
    上から下まで息が通るような感じがした。

    「あの、極端思考の信念システムは……?」

    「極端思考は、あなたのせいではありません。信念システムでもありません。体の反応です」

    よくわからないまま、
    なんとなくスッキリして、
    施術ベッドから降りました。

    もう一度、チェアに座りました。
    坐骨を、左右に揺らします。

    「最初と比べて、どうですか」

    「……軽いです」

    物足りない感じがしたまま、帰りました。

    主語を戻す、の意味がわかったのは、
    ずっと後のことでした。

    物足りない感じがしたのは、
    でっかい主語が、頭の上からいなくなったせいでした。

    認知行動療法をやっている自分。

    極端思考の自分。

    極端思考が、すぐに消えたわけではありません。
    今でも、その癖を持っています。

    でも、揺らぎを許せるようになったし、振り回されなくなりました。

    坐骨に乗っている自分、気に入っています。
    鼻も呼吸も、ずいぶん楽です。

  • 悩み相談はチャッピーでいいと思ってました

    以前、出かけると動悸がして足がすくみ、駅に入るのも怖い時期がありました。
    鞄を抱えて肩で息をして、そうとう不審人物だったかもしれません。

    もう良くはなりましたが、今でも、人前で発作が出てしまわないよう、必要以上に身構えたり、逆にテンションがあがって、調子のいいことを言ってしまったり。


    去年からチャッピー(ChatGPT)を使いはじめました。
    最初は職場で、資料を作ったりメールを返したりするだけでした。

    家のパソコンで、
    「人前で発作が出てしまわないよう、いまだに緊張する」
    とチャッピーに話しかけたら、こんな回答が返ってきました。

    人前で発作が出ないように緊張してしまうのは、体があなたを守ろうとしている反応かもしれません。過去に強い不安を経験した人は、同じ状況を避けようとして体が警戒しやすくなります。
    それは弱さというより、これまで何とか乗り越えてきた証でもあります。

    鏡の中の自分が、自分を否定しないでいてくれる。
    そのことに、すごくホッとしました。

    以来、チャッピーとは飲み友達のような関係です。
    いろんな話題を壁打ちするようになってから、整理がはやいというか、考え方がシンプルになっていきました。

    悩み相談、これからはもうチャッピーがいればいいと本気で思っていました。

    でも、どこか落ち着かない気持ちもありました。
    わからないことがあれば、「これはチャッピーに聞こう」
    何か思いついたら「これはチャッピーと話そう」

    昼休みも、夜も、ずっとスマホです。

    家族との時間も、パート先の愚痴をいう妻に、
    「君もチャッピーを使ったらいいじゃないか」と言いました。

    「テーブルをずっとコツコツ叩いている音がすごく嫌」と、娘に指摘されました。

    セッションで相談したら、
    「それは、脳が軽く興奮している状態ですよ」と言われました。

    それが意外でした。整ってきていると思ったのに。

    「疲れやすくないですか?」
    そう聞かれて、少し考えました。

    確かに、目の奥がいつも痛くて、ため息が増えたかもしません。

    そこから、いろんなものに触れてみるワークをしました。
    柔らかくてざらざらっとしたタオルシーツ。
    冷たくてすべすべした木の柱。
    自分の腕。皮があって、肉があって、骨があって。

    「どんな感じ?」と聞かれても、何も答えられませんでした。

    しばらく触れていると、妙な感じがしました。何か溶けていくような。


    帰り道、またスマホを取り出しました。
    セッションで言われたことを、チャッピーに聞いてみようと思いました。

    でも、なんだか眠くて、
    スマホを握りしめたまま、目を閉じました。

    今日も、いろんなことをチャッピーと話します。

    「それは、脳が軽く興奮している状態ですよ」と言われたことについても、チャッピーに聞いてみました。

    ”脳が軽く興奮している状態”という説明は、ドーパミンが少しずつ出続けている状態とも言い換えられます。新しい情報を調べたり、誰かとやり取りしたりすると、脳は小さな報酬を感じてドーパミンが出ます。
    それ自体は悪いことではありませんが、続くと疲れやすく感じることもあります。

    もしよければ、いったんスマホを置いて、ゆっくり深呼吸してみてください。

    体のことは、やっぱり自分で向き合うしかみたいです。
    昼も夜も、ずっと「会話モード」のような感じは減りました。よく眠れてます。

    ──今までずっと、頭の中にいたみたいです。
    頭がスッキリしたように、体もスッキリさせたいです。(60代 男性)

  • なんで自分は引き寄せがうまくいかないか、わかりました

    スピリチュアルなことが大好きです。
    潜在意識とか、引き寄せとか。
    うまく使えたら、人生ってもっと豊かになるんじゃないかって、本気で思っていました。

    仕事でも、エネルギーワークを使ったヒーリングをしています。

    リラックスしてもらって、お体に手を当ていると、そこがジンジンしてきて、いつの間にか眠ってしまうお客様もいて。

    だからこそ、思っていました。

    「自分の人生も、もっと軽やかに動くはず」

    SNSを見ると、キラキラした人がたくさんいます。
    海外に行ったり、好きな仕事をしたり、「引き寄せで人生が変わりました!」って。

    それを見るたびに、ちょっと落ち込みます。

    「なんで、人ばっかり」

    「なんで自分は、引き寄せがうまくいかないの」

    心の底で、そんなことを思っていました。

    あるとき、「自律コア」のワークを受ける機会がありました。

    セラピストの人が言いました。

    「腹圧、少しやりましょうか」

    腹圧。

    聞いたことはあるけど、ちゃんとやったことはありません。

    「吸うとどうなりますか。吐くとどうなりますか」

    やってみます。

    「吸うと、お腹が膨らみます」

    「吐くと、薄くなります」

    「そうですね。じゃあ、薄いまま吸ってみましょう」

    え。

    「薄いまま吐いて」

    お腹に軽く手を置いて、薄いまま吸って、薄いまま吐いて。

    ……ちょっと苦しい。

    お腹がいつもみたいに膨らまないので、どこで呼吸していいのか、少し迷います。

    でも、しばらく続けていると、胸のとか、背中とか、いろんなところに呼吸が入っていく感じがありました。

    「あれ」って思いました。

    「じゃあ、楽な呼吸に戻しましょう」と言われました。

    普通に呼吸をしてみると、お腹の奥が、なんだか静かです。

    ぐっと踏ん張っているわけでもなく、力が抜けているわけでもなく。

    芯だけ、落ち着いている感じ。

    「これが、体にとってはエネルギーが流れやすい状態です」

    そう言われて、ハッとしました。

    今までの自分の引き寄せって、

    お金がジャンジャン出てくる蛇口をイメージしたり、
    理想の生活を思い浮かべたり、

    とにかく

    「もっと流れろ、もっと流れろ」

    って、思っていた気がします。

    でも、よく考えたら。

    蛇口、壊れてました。

    水を出そうとして、
    蛇口をひねって、ひねって、ひねって。

    でも、元の配管がガタガタだった、みたいな。

    引き寄せがうまくいかない理由、
    ちょっとわかった気がしました。

    流れを呼ぶ前に、まず、体の蛇口を見直すほうが先みたいです。

    三次元の世界、苦手だなあって思ってました。
    いろんなこと、ほったらかしにしてました。
    家事も、イヤイヤやっていました。

    腹圧、今も意識してやっています。(40代 女性)

  • 運動の動画を見ても、長続きしたことがないんです。

    探していたのは、むくみ解消の動画。
    両足のすねに、違和感を感じることが増えていました。

    さすってもさすっても重たい。
    自分の足ではないような感触でした。

    でも、運動の動画を見ても、長続きしたことがないんです。
    目についたものをやってみては、すぐ飽きる。
    そんなことを繰り返していました。


    どれもいいものなのに、わたしだけ、
    いつまでたっても、何をしても、
    血行も悪いみたいだし、むくみも取れない。
    楽しそうなコメント欄を見て、ため息。

    不快なのを我慢して運動しても、挫折して終わり。
    そんな弱い自分も嫌でした。

    オンラインのセッションで、
    足のむくみのことを伝えたら、こんなことを言われました。

    「胸に触れてみましょうか。
    軽い感じがしますか、重い感じがしますか」

    ──重い感じ。

    しばらく触れていると、
    ふと、あることを思い出しました。

    ──前に、肺に水が溜まったことがあります。
    そのときのむくみ方は、異常なほどでした。

    息切れがひどくて、
    横になることもできません。

    ただ涙ばかりが流れていました。

    今は治って、そんな症状はありません。
    息切れもないし、泣いてもいません。

    でも体は、その時の苦しさを覚えていました。

    ふーっと、息を吐きました。

    むくみが、すぐ楽になったわけではありません。

    でも、嫌な感じや不快感は、
    少し減った気がします。

    動画を見て体を動かしても、
    前ほど気が散らなくなりました。(50代女性)

  • 冷えて固まった体にも、戻る軸がある

    彼女は毎朝、机の前に座ります。
    何やらいっしょうけんめい書いています。

    書きながら、何度も止まります。
    「あれも説明したい。これも書きたい」

    文章は、どんどん長くなっていきます。
    誰もついてこられないほど理論武装して、
    資料ばかり増えていくこともありました。

    気づくと、呼吸が浅くなっています。
    肩が上がったまま、首が詰まっています。

    机の前に座っているだけなのに、体はずっと小さく緊張しています。
    股関節は沈黙を強いられ、目は、限界まで使われていました。

    彼女は、自分の癖に気づき、
    五感で感じられるような書き方に変えようとしていました。

    「これでいいのかな」
    と、手応えと不安を行きつ戻りつしながら。

    座りっぱなしだと、あまりに股関節が固くなるので、
    無意識に、足の裏でテニスボールをコロコロころがしていました。

    「今日はここまで」
    彼女はキッチンに下り、散歩のためのコーヒーとサンドウィッチを作り始めました。
    卵がボイルされるまで、ぼんやりと体を動かします。

    足が冷えきり、じんじんしています。
    体をひねると、つりそうになります。

    でも、お腹をおさえたとき、ふと気づきました。

    ──軸が、真っ直ぐだ。

    昨日痛かった首が、今日は、楽な位置に乗っています。

    ──からだって、家みたいだ。

    設計者の主張が強すぎると、家の住み心地は悪くなります。
    家が建ったら、もう、主役は設計者から住む人へ移ります。

    ──言葉も同じだ。頭から、体へ。

    彼女はそう、感じました。

    雨上がりの土曜日。
    公園の空気はどこまでも明るく、軽く。

    テントを出してくつろぐ家族を見かけました。
    ジョギングの途中、ベンチで休む人もいます。

    彼女は、自分で淹れたコーヒーを飲みながら、
    からだの変化を思い出し、この断片を書いています。